「めぐみ」は、
女性の名前でも定着しているもののひとつだが、
キリスト教や聖書において、
その意味するところは実に奥深い。

どうしても、
めぐみということに反して、
人は考えてしまうし、行動してしまう。

一生を費やして追求しても、
果たしてそれが分かるのかどうか、怪しい。
あるいは、
分かるかどうかと問うこと自体が、
めぐみから遠ざかっている証拠だとも見られる。

自分は価値がない者である。
しかし、神はそれを大切に扱ってくださった。

いわば、そういう構造のあるところが、
めぐみというものなのだろうが、
これが実際に生活していて
そのようには行動できていない。

感謝の心、そのように思う人もいる。
それはそれでいい。
感謝も、難しいものだ。
心のどこかで、
感謝に反するものがいつも火を噴きたがっていることを、
誰もが知っているのではないか。

めぐみ。
なんとも、うれしい心持ちではあるのだが。