ここのところ、アニメを見るとき、
ふと気づいたことがある。
とくに、中高生が主人公の青年向け的なものについてだが、
それは、大人との関わりが消えていることだ。
子どもたちの間での葛藤やぶつかりなどはあるが、
そこに大人が干渉してこない。
大人が登場していても、
子どもたちの味方であることばかりで、
世代的な対立や、それを乗り越えようとするような課題は
ついぞ見当たらない場合が多い。
学園ものだと、先生が別の世代であるが、
ただ主人公をけなすだけの無理解な存在ではあっても、
それと和解しようとするようなはたらきは感じられない。
もっと多いのは、
高校生が独り暮らしをしている、という設定だ。
寮などではないのに親と離れて暮らしているというのは、
そんなに現実で多数派ではないと思うのだが、
やたら大きな何不自由ない家に、
高校生がひとりで暮らしている、
そしてその両親はストーリーに全く出て来ない、
そのような設定で物語が進んで行く場合が多すぎるのだ。
不自由のない便利な生活の中で、
対立したり乗り越えたりしようとする親世代とのぶつかりがなく、
いざ超能力のようなものが飛び出して問題を解決していく。
これが、もっている世界像なのだろうか。
いくらアニメが子どもの世界を描くことが多いとしても、
子どもだけに閉じこもろうとし、
すべてを子どもだけの思想で解決しようとするところに、
何かいびつなものを感じてしまう。
ふと気づいたことがある。
とくに、中高生が主人公の青年向け的なものについてだが、
それは、大人との関わりが消えていることだ。
子どもたちの間での葛藤やぶつかりなどはあるが、
そこに大人が干渉してこない。
大人が登場していても、
子どもたちの味方であることばかりで、
世代的な対立や、それを乗り越えようとするような課題は
ついぞ見当たらない場合が多い。
学園ものだと、先生が別の世代であるが、
ただ主人公をけなすだけの無理解な存在ではあっても、
それと和解しようとするようなはたらきは感じられない。
もっと多いのは、
高校生が独り暮らしをしている、という設定だ。
寮などではないのに親と離れて暮らしているというのは、
そんなに現実で多数派ではないと思うのだが、
やたら大きな何不自由ない家に、
高校生がひとりで暮らしている、
そしてその両親はストーリーに全く出て来ない、
そのような設定で物語が進んで行く場合が多すぎるのだ。
不自由のない便利な生活の中で、
対立したり乗り越えたりしようとする親世代とのぶつかりがなく、
いざ超能力のようなものが飛び出して問題を解決していく。
これが、もっている世界像なのだろうか。
いくらアニメが子どもの世界を描くことが多いとしても、
子どもだけに閉じこもろうとし、
すべてを子どもだけの思想で解決しようとするところに、
何かいびつなものを感じてしまう。