「クールビズ」
ノーネクタイ運動とさして違いがないようだが、
今年の夏は
それが型どおりのものでしかないことが分かった。

なにせ、寒い、涼しい。
ネクタイをしてスーツを着たくなる9月なのだ。

「暦の上では」などという挨拶がある。
だが、この場合の「暦」というのは旧暦が主で、
そもそも太陽暦とはズレがある。
さらに、「立秋」などというのは
秋の区域に地球が入る最初であるから、
とてもではないが秋などと呼べるものではない。

今年はそれとも違った。
夏の気温が上がらないのだ。

産業によっては、
ずいぶんと当てが外れたことだろう。
そもそも儲けというものは、
思った通りに得られるわけではないのであって、
見込んだ通りになるかどうかは
人知の及ぶところではないと言える。

こうなったらいっそのこと、
ネクタイというのも
何のためであるのかどうか、考え直したらいい。
かりゆしのようなビジネススタイルもよいだろうし、
アロハシャツだって人民服だって、
公式の服であるべきものはいくらでもある。

ネクタイそのものの歴史は浅い。
そもそもなんだろう、と考えてみると、
当たり前だと自分が思っていたことへの
ひとつの反省になるかもしれない。

くれぐれも、
たんに世間や他人への
反論と非難のためにのみ
それをなさらないように。