しかし、教会をひとりで切り盛りするようにして、
自分のビジョンなどと言って、
自分の好き放題に教会を塗り替えようとする牧師の場合は、
たちが悪い。

たとえば教会のホームページがあるとする。
牧師がひとりで運営しているとする。
そこにあるのは、自分の意見や自分の夢ばかりだとする。
教会員がどう考えているか、という視点が
ついぞ出てこないホームページだとする。

こういうところが、実は危ない。
ワンマンだから、という意味ではない。
ブレーキが利かない状態である可能性があるからだ。

ひとたび暴走が始まると、
もう誰も止められなくなる。
誰か周囲の人間が気づいて、
冷静な対処ができるならば、
被害が小さくて澄むかもしれない。
やはり早期発見というものは大事なことである。

聖職者だから
心はハッピーで、もし何かあっても、
神に癒してもらえるのではないか。
そうお考えの人がいたとしたら、
実のところ相当に信仰深いお方だと尊敬する。
その通りでもある。
が、そうでない場合も起こり得るのであって、
その悪い場合を想定するというのが、
不信仰なようであって、
誰かがそうでいなければならないのである。
教会の役員というのは、
そういう役割をも担っていることになる。

決して、不信仰なのではない。