夏休み子ども科学電話相談。
そのとき家にいれば、
ラジオを鳴らす。
私は好きだ。

子どもに対して
「汗だく」で頑張っている回答者の皆さん、と
励ましのメールもある。

同じ質問でも、
尋ねた子どもが何年生であるかにより、
説明の仕方が違う。

とくにいつも私が言うのは、
言葉の選び方、語彙の選定である。
小さな子に「語彙」では通じない。
科学用語はなおさらであるが、
そのしくみの説明の端々に、
子どもにとり分からない言葉が紛れ込む虞は多々ある。

以前よりそれは少なくなったが、
今も回答者によっては、
小学生向きでない語彙を多用する人もいる。
しかし、さすがに長年の良い番組であるだけに、
子どもにとり分かりやすい言葉が選ばれるようになった。

そのとき、原理そのものは外すことはないが、
子どもに分かりやすい説明の仕方や喩え方というものがある。
すると子どものほうでもまた、
自分なりの言葉で原理を理解する場合がある。

先日、
カクレクマノミはイソギンチャクの毒が効かない、という説明があった。
一年生だったと思うが、その子は最後に、
「鎧を着ているようなものですか」というふうな訊き方をした。
回答者はその通りだとほめた。
なかなかいい説明の応対であった。

聖書は、
神があらゆる角度から
神のメッセージを人に告げたものである。
知恵に劣る人間に、その時々に分かりやすい説明を施す。
その喩えや説明にケチをつけるというのは、
人間の思い上がった反応であろう。
「魚が鎧を着ているはずがないじゃないか」
のような反抗をしている場合が、多すぎないだろうか。