最近は違うが、昔のアニメだと
ヒロインは一人であり、
多くの男の子の中にひとりマドンナがいる設定であった。
このごろのアニメでこの図式は少ない。
それだけでも、意識が変わってきたのか、
時代の空気が違ってきたのか、と思わせる。

しかし政治的発表の場では、
この昔のアニメの図式が普通である。
女性議員がひとりもいない場面も数多い。

これが当たり前の状況である。
蔑視発言は、ある意味で
当然出てくるべきものなのかもしれない。

意識して変えていくということも、
さしあたり必要である。
私もまた、つい、
女性を無視した言葉遣いをしていることがあると思う。
だが、環境が変われば、
否が応でもそのように意識も変えられていくことが期待される。

会社でも、女性がトップになることができるはずだ。
社長という意味ではない。
小さな部、課の長に、女性がどのくらいいるだろうか。
そういうところから、始まるはずである。

まして、女性の給与が下げられているというありさまでは、
言葉だけでなく、待遇としても蔑視していることになる。

そして、同時に女性にはそのための「責任」も必要となることが
求められなければならない。
責任を回避しているばかりでは、
蔑視される立場に自らを置いていることにもなりかねないからだ。