あさイチもなかなかやってくれる。
昨日、イラク情勢を
ていねいに説明してくれた。
生活用品の値上げという動機から、
その背後に目を移そうとする意図なのだろう。
ただ「物価が上がって困る」とか
「政治は何をやっている」とかいうのでなく、
柳澤秀夫さんが久しぶりに出てきて言うには、
「背後で人が死んでいることを知ろう」、と。
私たちの生活や物価について、
何の力もない発言である。
だが、これはこよなく大切なことだと思う。
まず「知る」こと。
そこから、何を考えなければならないか、
それは人によるだろう。
そんなことは関係ない、
オレはガソリン代の値上がりが迷惑だ、と
ほざく人がいても、それはそれでいい。
その人が、それだけの人間だ、ということであるかもしれないし、
それほどのその人が切迫している、ということなのかもしれない。
假屋崎省吾さんも、
背後の武器調達について、
公的には言われないけれども考えよう、と提案していた。
こういう視点もまた重要だ。
「死の商人」は必ずしも遠い世界の話ではない。
「買い占めに煽るような番組だ」との批判もあった。
たぶん煽ってはいない。
買い占めようと思う人が現れるのは否めない。
背景を知ることの難しいタイプの人の一部が
そこしか考えないことはありうるからだが、
番組はそこまで防ぐことはできないし、防ぐ必要もない。
その意味で、適切な「情報」番組であった。
9時からのニュースで、
イラクの情勢が伝えられたが、
こんなにニュースが分かりやすく感じられるとは、と
その直前の番組の解説が優れていたことに驚いた。
経済について、
経済活動は皆が幸福になる活動だ、という説があるが、
人間には自利への貪りが消えることがない。
どこかに貪りがあり、自得を追求するときに、
背後に泣いている人がいるのが現実だ。
私が水を流しっぱなしにするときに、
一杯の水を望んで死ぬ子どもがどこかにいる。
給食費を払えないと学校に文句を言いつつ、
スマホ代を何万と払い、酒やたばこを欠かさない人がいるとすれば、
これを保護する法や経済とは何だろうか、と考えざるをえない。
昨日、イラク情勢を
ていねいに説明してくれた。
生活用品の値上げという動機から、
その背後に目を移そうとする意図なのだろう。
ただ「物価が上がって困る」とか
「政治は何をやっている」とかいうのでなく、
柳澤秀夫さんが久しぶりに出てきて言うには、
「背後で人が死んでいることを知ろう」、と。
私たちの生活や物価について、
何の力もない発言である。
だが、これはこよなく大切なことだと思う。
まず「知る」こと。
そこから、何を考えなければならないか、
それは人によるだろう。
そんなことは関係ない、
オレはガソリン代の値上がりが迷惑だ、と
ほざく人がいても、それはそれでいい。
その人が、それだけの人間だ、ということであるかもしれないし、
それほどのその人が切迫している、ということなのかもしれない。
假屋崎省吾さんも、
背後の武器調達について、
公的には言われないけれども考えよう、と提案していた。
こういう視点もまた重要だ。
「死の商人」は必ずしも遠い世界の話ではない。
「買い占めに煽るような番組だ」との批判もあった。
たぶん煽ってはいない。
買い占めようと思う人が現れるのは否めない。
背景を知ることの難しいタイプの人の一部が
そこしか考えないことはありうるからだが、
番組はそこまで防ぐことはできないし、防ぐ必要もない。
その意味で、適切な「情報」番組であった。
9時からのニュースで、
イラクの情勢が伝えられたが、
こんなにニュースが分かりやすく感じられるとは、と
その直前の番組の解説が優れていたことに驚いた。
経済について、
経済活動は皆が幸福になる活動だ、という説があるが、
人間には自利への貪りが消えることがない。
どこかに貪りがあり、自得を追求するときに、
背後に泣いている人がいるのが現実だ。
私が水を流しっぱなしにするときに、
一杯の水を望んで死ぬ子どもがどこかにいる。
給食費を払えないと学校に文句を言いつつ、
スマホ代を何万と払い、酒やたばこを欠かさない人がいるとすれば、
これを保護する法や経済とは何だろうか、と考えざるをえない。