バリアがあるのに、
全く分かっていない。
それは、教会というところである。

教会にいる側からすれば当然であることも、
教会に初めて行く人には奇異であるということがある。
また、教会に救いを求めて来た人に
傷を負わせるような問いかけも
平気でやりがちである、教会の仕組み。

教会に人が来てほしいと思うのに、
来るほうの気持ちになれない哀しさ。
また、その気持ちを汲もうとする想像力に
もしも欠けているとすれば、
人は教会に近づかない。

敷居が高い、という言葉は
言葉として適切でないと思うが、
教会にはユダヤの城壁のようなものがあって、
入ることを拒む壁が聳えているかもしれない。
だからそれはバリアなのだ。

バリアフリー。
このコンセプトを基として、
気づいていくことが必要だと
ひしひしと感じられてきた。