だから――こうして最初の話と結びつくのだが――、
本のリサイクルショップには、
古語辞典がやたら多い。
辞書は、場所をとるわりには、売れ行きが悪い。
そこでしばしば、値が落ちていく。
とくに、何ヶ月売れなければ値を下げるという制度の店の場合、
しばらくすればみるみる安くなっていく。
かくしてそういう辞書を狙う私のような者にとり、
辞書とは、100円+税で買うものとなっていく。
古語辞典など、多少古くても
もともと古い言葉である。
新しい学説を取り入れた情報が必要な専門家でもないかぎり、
20年くらい古くても問題はまずない。
英和辞典も、まあ大丈夫だが、
たとえばInternetさえ載っていない辞書がたまにあるから、
多少は考えものだ。
英語に関心のない人は、すぐに売ってしまうから、
英語関係の辞書も、まあ多い。
とくに和英辞典は、ショップに多い。
使わないだろうからだ。
それに比べて、
国語辞典の少ないこと。
これは利用価値があるということで、
とっておくのではないだろうか。
本当は、国語辞典こそ、
私たちの新しい息吹をどんとん取り入れるべきである。
言葉の誤用の基準もどんどん移り変わるから、
三省堂国語辞典のように、
かつての誤用をどんどん認めていくものだってあるのだ。
しかし、やはり国語辞典は家にあってもよいと思うのか、
ショップに出回るものが少ない。
実は私は探している国語辞典があって、
ショップを見るたび入って探すのだが、なかなか出会わない。
要するにそれが言いたかっただけのことである。
本のリサイクルショップには、
古語辞典がやたら多い。
辞書は、場所をとるわりには、売れ行きが悪い。
そこでしばしば、値が落ちていく。
とくに、何ヶ月売れなければ値を下げるという制度の店の場合、
しばらくすればみるみる安くなっていく。
かくしてそういう辞書を狙う私のような者にとり、
辞書とは、100円+税で買うものとなっていく。
古語辞典など、多少古くても
もともと古い言葉である。
新しい学説を取り入れた情報が必要な専門家でもないかぎり、
20年くらい古くても問題はまずない。
英和辞典も、まあ大丈夫だが、
たとえばInternetさえ載っていない辞書がたまにあるから、
多少は考えものだ。
英語に関心のない人は、すぐに売ってしまうから、
英語関係の辞書も、まあ多い。
とくに和英辞典は、ショップに多い。
使わないだろうからだ。
それに比べて、
国語辞典の少ないこと。
これは利用価値があるということで、
とっておくのではないだろうか。
本当は、国語辞典こそ、
私たちの新しい息吹をどんとん取り入れるべきである。
言葉の誤用の基準もどんどん移り変わるから、
三省堂国語辞典のように、
かつての誤用をどんどん認めていくものだってあるのだ。
しかし、やはり国語辞典は家にあってもよいと思うのか、
ショップに出回るものが少ない。
実は私は探している国語辞典があって、
ショップを見るたび入って探すのだが、なかなか出会わない。
要するにそれが言いたかっただけのことである。