「愛とは、自分より他の人のことを思うこと」

人気の映画の、印象的な一言。
人にとり、大切なことというのは、
いうなれば、これに尽きる。

物語というのは、典型を描けばよい。
人の中にいろいろな面があったとしても、
一人の人物が一つの典型を描くことで、
味わう者は自分の中に
いくつかの側面があることに気づいていく。

映画では、
悪人と善人とが明確に描き分けられていた。
悪人は、自分のことだけを考える。
善人は、他人のことをも考える。

そういう図式であった。

子どもにも人気があるし、
子どものための映画でもあるのだが、
大人の鑑賞に耐えるというのは、
人間すべてにわたる真理が土台にあるからだろう。

それは、聖書の根柢にある。
より明確にするならば、
新約聖書の基礎であり、すべてでもある。

サマリヤ人の譬えで検討されていた
「隣人」というテーマを、
この「他の人」という言葉で言えば、
よりリアルに伝わってくるかもしれない。

わたしにとり「他の人」と言える者は誰か。
私たちはしばしば、自分以外の人を、
人とすら思わず、「物」か「動物」のようにしか
見ていないのではないか。

電車内で大声で喋ってなんとも思わないのも、
歩きながらタバコを吸うことができることも、
傘を横に向けて握り歩くことができるのも、
そもそも「他の人」だなんて見なしていないからだ。

「愛」とは、そういうことができなくなることなのだ。