消費税率が今日から変わる。
小学生の算数の、恰好の題材となる。
5%は1/20として計算しやすかったが、
8%は1/12.5ということでやや煩雑になる。
もちろん小学生は一般に、1.08でわるなどの計算をする。

庶民としては、生活費の高騰を嘆く。
とにかく駒が限られているのを、
よけいに奪われる分、どうするか、という問題だ。
困窮を覚える方々には、さらに切実だ。

とはいえ、
たとえばスマホに何万円も支払いつつ、
子どもの給食費を支払えない、などという弁明には、
私は共感を覚えない。
生活に必要なものは個人により異なるから、
軽率なことは言えないが、
それなりの義務感というものはあって然るべきだと考える。

さて、消費税率の上昇であるが、
経済に関心のある学者やメディアは、
景気への影響をさかんに懸念している。
しかし、限られた駒の使い道が変わることはあっても、
総額が変わるわけではないから、
影響といっても、心理的なものに近いかもしれない。

それよりも、あまり議論されないこと、
誰も気にしていないように見えることがある。
それは、
肝腎のその上がった税率による税収の使い道だ。

それは何に使われるのか。
カラ出張や遊興費、くだらん本の購入に使われていると
しばしば報道がなされるが、
私見ではそれは氷山の一角だろうと感じる。
たとえそうでなくても、
感じさせる現状というのがあるのも事実だ。

増収が何に、如何に使われるのか。
そこを監視しなければならないメディアが、
何時何分の時点で税率が変わるか、といった
瑣末なことばかり取り上げるとなると、
これは政治とグルになって、
無意味な巻き上げに加担していることになりかねないだろう。

伝統文化には金は出せないが、
意味のない選挙のためには金は使おうとするような政治がのために、
私たちの消費税増税分が当てられていることについて、
「善処する」ことが、政治家の仕事の一つではないのだろうか。

給食費は払えないと言い、
ゲームをするためのスマホにその金を使うというのは、
個人の問題ではなくて、
公的機関のことだ、と見なされてよいのだろうか。