子どもが見るアニメやマンガばかりではない。
ヒット曲の中にたくさんあるということは、
比較的若い世代に共通の価値観なのだろうと思われるが、
「あきらめない」というのは
かなりの美徳とされているように見える。
 
「あきらめない心」が、勝利を呼ぶ。
たしかにそういう場面はある。
子どもたちが簡単に物事を諦めるよりは、
粘り、頑張る力を養ってもらうのは
ある意味で当然である。
 
だが、それだけが正解なのではないはずだ。
子どもには無限の可能性がある、
などと美しい言葉がしばしば語られるが、
それは当事者たる「子ども」ではない、
「おとな」の発言である。
命題は、それを発言する人の立場に依存する。
だから、自分の可能性に見切りをつけたおとなが、
子どもに妙な圧力をかけるというのはどうかと思われる。
 
「あきめらない」のがよい、という価値観を
ストーカーがもつと、どうなるだろうか。
そもそも諦められないから、ストーカーをするのだ。
そして、どうかすると諦めずアタックし続けて、
相思相愛になった、などという逸話も世間には多い。
結果的に結ばれたなら「あきらめない」のが善く、
殺人に至ったら「あきらめない」のは悪い、
そんな基準では、判断ができないではないか。
 
(続く)