七五三のお参りも
日曜日にずらされる近年。
この11月の日曜日は
天候に恵まれないでいる。
日曜日に大きな神社の前を車で通るとき、
比較的ひっそりとした様子に、
雨のせいかなどと思いつつ、
近くの写真館の主人が
天を仰ぎ嘆いている様子が目に浮かんだ。
神社の前に店を構えているということは、
かつては七五三は年に一度の
かなり大きなイベントであったはずだ。
七五三は、
神道とは深いつながりがある行事ではない、と
思っていたが、
元来やはり関係はあるらしい。
薄れていった、というのが適切な説明なのだとか。
子どもの成長を願う親の気持ちは、
いつの世も篤いものがある。
特に、生存率が問題だった時代には、
子どもが無事に生きていること自体、
大きな喜びであったことだろうと思う。
たくさん産んで、
幾人かが生きのびるという、
生物本来の姿に近い状態から離れ、
少子化の中で一人一人が大切にされることは、
良い面もあるだろうが、
どうだろうかと思われる面もあるだろう。
あまりにも大切にされすぎることで、
却って心身共に弱くなってはいないか、も
検討される価値があるだろう。
他方、大人が地球資源を浪費して、
地球環境を経済の名のもとに害する一方であるとき、
子どもを大切にしていることと反対だ、という点にも
もっと深刻さを覚えて考慮しなければならないのでないか。
そこが、どうにも気になって仕方がない。
日曜日にずらされる近年。
この11月の日曜日は
天候に恵まれないでいる。
日曜日に大きな神社の前を車で通るとき、
比較的ひっそりとした様子に、
雨のせいかなどと思いつつ、
近くの写真館の主人が
天を仰ぎ嘆いている様子が目に浮かんだ。
神社の前に店を構えているということは、
かつては七五三は年に一度の
かなり大きなイベントであったはずだ。
七五三は、
神道とは深いつながりがある行事ではない、と
思っていたが、
元来やはり関係はあるらしい。
薄れていった、というのが適切な説明なのだとか。
子どもの成長を願う親の気持ちは、
いつの世も篤いものがある。
特に、生存率が問題だった時代には、
子どもが無事に生きていること自体、
大きな喜びであったことだろうと思う。
たくさん産んで、
幾人かが生きのびるという、
生物本来の姿に近い状態から離れ、
少子化の中で一人一人が大切にされることは、
良い面もあるだろうが、
どうだろうかと思われる面もあるだろう。
あまりにも大切にされすぎることで、
却って心身共に弱くなってはいないか、も
検討される価値があるだろう。
他方、大人が地球資源を浪費して、
地球環境を経済の名のもとに害する一方であるとき、
子どもを大切にしていることと反対だ、という点にも
もっと深刻さを覚えて考慮しなければならないのでないか。
そこが、どうにも気になって仕方がない。