そもそも、「国家」とは何だろう。
ここに持ってきて見せてみろ、と言われても
誰も見せられないだろう。
日本国憲法では
天皇を「象徴」と置いている。
これこそ、「日本国とは何か」と問われたとき、
さしあたり、「ハトが平和の象徴です」と示すように
天皇を出せばよい、というのが基本的なスタンスだろう。
「国家」とは何だろう。
「これ」と示すことのできないものであろう。
しかし、それは存在する。
誰かが代行するにしても、
絶大な権力を有し、人々に強制力をもって働く。
場合によっては人の命をも奪う。
代わりにまた、他人を危険に陥られる者を
国家権力が止め、人の権利や命を守ることもある。
国家は、人を守り、
生活を支える。
だからまた、国家のために身を捧げよ、とも言われる。
自分で国家のために自分を捧げるのはよいのだが、
しばしば、他人に向けて、
国のために命を捨てよ、と言う輩がいる。
国家の見方、国家第一とするグループだ。
他国家の、しかし一定の人種に向けて、
ヘイトスピーチをして憚らない。
子どもたちにさえどれほど恐怖を突きつけているか、
想像力も失ったそうした組織は、
それを表現の自由、つまり
国家により守られた行為だと主張して憚らない。
(続く)
ここに持ってきて見せてみろ、と言われても
誰も見せられないだろう。
日本国憲法では
天皇を「象徴」と置いている。
これこそ、「日本国とは何か」と問われたとき、
さしあたり、「ハトが平和の象徴です」と示すように
天皇を出せばよい、というのが基本的なスタンスだろう。
「国家」とは何だろう。
「これ」と示すことのできないものであろう。
しかし、それは存在する。
誰かが代行するにしても、
絶大な権力を有し、人々に強制力をもって働く。
場合によっては人の命をも奪う。
代わりにまた、他人を危険に陥られる者を
国家権力が止め、人の権利や命を守ることもある。
国家は、人を守り、
生活を支える。
だからまた、国家のために身を捧げよ、とも言われる。
自分で国家のために自分を捧げるのはよいのだが、
しばしば、他人に向けて、
国のために命を捨てよ、と言う輩がいる。
国家の見方、国家第一とするグループだ。
他国家の、しかし一定の人種に向けて、
ヘイトスピーチをして憚らない。
子どもたちにさえどれほど恐怖を突きつけているか、
想像力も失ったそうした組織は、
それを表現の自由、つまり
国家により守られた行為だと主張して憚らない。
(続く)