その直前に、
我が家で買ったヨーグルト。
実は、「飲む」ほうか、「固形」か、
妻が迷っていた。
私は、今回は「固形」にしたら?と促した。
 
翌日、ニュースが届いた。
ヨーグルトに
機械のゴムが混入したため、
100万本を回収する、と。
 
買わなかったほうの、
「飲む」タイプだった。
 
選択が正しかった、などと言うつもりはない。
偶々のことなのだ。
 
言いたいのは、
100万本を回収するという、
企業の痛みと責任である。
 
その100万本の中の、
いったいどれほどの、
気になるほどのゴムが入っていたか知れない。
粉状のものを飲んだところで、
気がつく人がいるかどうかも分からない。
だが、全部回収し、廃棄するのだ。
 
製造責任とはそういうものだし、
それが社会常識だとされている。
 
食品ケースに入ったり店の中でウケ狙いをしたり
ふざけた写真を撮るなどという者が、
いかに社会や責任ということについて無知であるのか、
よけいにこれではっきりするというものだ。
 
そういう子どもたちを育てた大人たちがまた、
責任を教えることができないどころか、
実のところ、無責任であったのかもしれない。
 
福島などの人々に、
誰がどんな責任をとり、示しているというのだろう。