自由思想があるからこそ、
キリスト教への意味のない誤解や偏見が主張されようと、
信徒や教会は甘受している。
誤解を解こうと動くこともあるが、
「切死丹」のように言われようと、
そのように言う自由自体を圧迫しようとは考えない。
 
NHK大河ドラマ「八重の桜」は、
ようやくキリスト教が現れる場面にきたが、
さしあたりそういう偏見を解くような
よい意味での描かれ方をするようにして始まった。
 
まわりが反対しても、
真実を貫く生き方を、八重は襄に助言した。
キリストの生き方はそれではなかったか、と。
これで襄は八重を妻に迎えることを思った。
顔形はともかく、その心がハンサムであるから、と。
 
鉄砲を撃ちまくる派手なシーンがなくなり、
視聴者が刺激がないと思い始めるかもしれないが、
人の生き方についてじっくり考えさせてくれる、
よい流れに物語は入っていく。
 
全体主義の声が実はかなりあるのだというこの社会に、
こうした生き方に気づく人が増えることを願っている。
 
昨日、キング牧師のワシントン大行進から
半世紀を経た。
その生き方は、痛々しいほどに「ハンサム」であった。