私が実際に見た例である。
手話通訳は、長時間続けることは厳しい。
15分で交代していく。
(教会では1時間半ぶっ通しということもあるので
どうかな、と思うこともある)
たとえ一時間半の催しでも、三人、四人と必要になる場合がある。
そのときに、当たりはずれがあるのだ。
たしかに、お一人は、見事だった。
これは逐語訳から意味把握まで完璧だった。
動きも、テレビの手話ニュース並である。
後で聞くと、資格者だという。
もう一人は、ややゆったりだが、要約型で、
だいぶ日本語表現の細かなところはスルーしていたが、
ろう者にも意味は正しく伝わっているだろうと思われた。
資格者ではなかったらしいが、
地元サークルで経験の長い人なのだろう。
ろう者にとり、実のところ、
逐語訳で全部パパパとされても、
意味が掴みにくい場合があるという。
あまりに細かな点は逃しても、
大筋を的確に伝えてくれれば安心する、というのだ。
その点、この二番目の人は、悪い仕事をしたわけではない。
しかし、あとの二人がいけなかった。
指文字すら怪しかった。
自分の分かる手話は、必要以上に長い時間その動きを繰り返すのに、
表現できない単語のフレーズや文は、すっぽかした。
他の表現に変えることすらなかったので、
手話だけ見ていると、文脈がまるでちぐはぐなものとなった。
つまり、ろう者にその手話は、
メッセージとして伝わらなかったに違いないと思えた。
ひどい場合には、否定を省いて突き進んだので、
手話だけ見ると、意味が正反対で流れていくのだった。
あまりにもお粗末であった。
これが、トータル時間の約半分を占めた。
有資格者に替わった瞬間、
講演は生き生きと伝わるようになり、
その差が、天と地ほどもあった。
(続く)
手話通訳は、長時間続けることは厳しい。
15分で交代していく。
(教会では1時間半ぶっ通しということもあるので
どうかな、と思うこともある)
たとえ一時間半の催しでも、三人、四人と必要になる場合がある。
そのときに、当たりはずれがあるのだ。
たしかに、お一人は、見事だった。
これは逐語訳から意味把握まで完璧だった。
動きも、テレビの手話ニュース並である。
後で聞くと、資格者だという。
もう一人は、ややゆったりだが、要約型で、
だいぶ日本語表現の細かなところはスルーしていたが、
ろう者にも意味は正しく伝わっているだろうと思われた。
資格者ではなかったらしいが、
地元サークルで経験の長い人なのだろう。
ろう者にとり、実のところ、
逐語訳で全部パパパとされても、
意味が掴みにくい場合があるという。
あまりに細かな点は逃しても、
大筋を的確に伝えてくれれば安心する、というのだ。
その点、この二番目の人は、悪い仕事をしたわけではない。
しかし、あとの二人がいけなかった。
指文字すら怪しかった。
自分の分かる手話は、必要以上に長い時間その動きを繰り返すのに、
表現できない単語のフレーズや文は、すっぽかした。
他の表現に変えることすらなかったので、
手話だけ見ていると、文脈がまるでちぐはぐなものとなった。
つまり、ろう者にその手話は、
メッセージとして伝わらなかったに違いないと思えた。
ひどい場合には、否定を省いて突き進んだので、
手話だけ見ると、意味が正反対で流れていくのだった。
あまりにもお粗末であった。
これが、トータル時間の約半分を占めた。
有資格者に替わった瞬間、
講演は生き生きと伝わるようになり、
その差が、天と地ほどもあった。
(続く)