言葉は、人々の共通認識として生まれ、
使われるようになったものである。
共通に認識されなければ、使われなくなる。
流行語がしばしば死語となるのはそのためであるが、
中には流行語が市民権を得る場合もある。
その語が生きるかどうかは、私たちの日常の中に関わっている。
色彩としての緑色のものも、
日本人はひとくくりに「青」というグループで呼ぶ。
その文化は十分、生きている。
青菜・青葉など、自然とその概念を使っている。
今さら、それは緑菜が正しく、緑葉でないと変だ、
などと言う必要もないだろう。
だから、「青信号」は
色の波長を指摘しているのではないという意味で、
使って差し支えない表現だということになるだろう。
赤土が真っ赤だったら気持ち悪い。
赤犬も、どこぞの通信教育のマスコットのようになる。
赤ちゃんも、真っ赤なら気の毒だ。
たしかに赤ん坊は赤く色づいているというのは嘘ではないが、
「赤」は「明」であったり「空」であったりするとも言われる。
それぞれ、「ak-」の語幹を持っている。
もしかすると、「黒」も
「暗」や「暮」からくるのだろうか。
いずれも「kur-」で共通している。
私の知らない漢字の読みや言葉もあろうから、
文献あるいは文化サイドから
様々な研究を期待したいし、また
教えて戴ければ幸いである。
使われるようになったものである。
共通に認識されなければ、使われなくなる。
流行語がしばしば死語となるのはそのためであるが、
中には流行語が市民権を得る場合もある。
その語が生きるかどうかは、私たちの日常の中に関わっている。
色彩としての緑色のものも、
日本人はひとくくりに「青」というグループで呼ぶ。
その文化は十分、生きている。
青菜・青葉など、自然とその概念を使っている。
今さら、それは緑菜が正しく、緑葉でないと変だ、
などと言う必要もないだろう。
だから、「青信号」は
色の波長を指摘しているのではないという意味で、
使って差し支えない表現だということになるだろう。
赤土が真っ赤だったら気持ち悪い。
赤犬も、どこぞの通信教育のマスコットのようになる。
赤ちゃんも、真っ赤なら気の毒だ。
たしかに赤ん坊は赤く色づいているというのは嘘ではないが、
「赤」は「明」であったり「空」であったりするとも言われる。
それぞれ、「ak-」の語幹を持っている。
もしかすると、「黒」も
「暗」や「暮」からくるのだろうか。
いずれも「kur-」で共通している。
私の知らない漢字の読みや言葉もあろうから、
文献あるいは文化サイドから
様々な研究を期待したいし、また
教えて戴ければ幸いである。