昨日の続きにしてもよいほどに、
つながったことを綴る。
キリスト教サイドで、
強く仏教そのものを批判することは、実はあまりない。
それは、不勉強のせいでもある。
本気で仏教を批判しようとしていないせいかもしれない。
しかし、そればかりでもなさそうだ。
一部の原理主義的な神学では、
他の宗教に救いはない、というような言い方をする。
けれども、それは
キリスト教への信仰を促す場面が基本であって、
仏教を崩壊させるために思想を構築することは、まずない。
あるのは、
キリスト教で救いを見出したという話だ。
そのことで、仏教そのものを
瓦解させようというような意図は、全くない。
だとすれば、
仏教信奉の梅原猛氏のほうが、
キリスト教を破壊するために
熱心に攻撃をしているように、見えなくもない。
私のような者の言うことだ。
勘違いからきているのかもしれないし、
そもそも無知蒙昧の戯言である。
とんでもない誤解で
関係者にご迷惑をおかけしているのかもしれない。
先に謝っておくほうが無難であろう。
(続く)
つながったことを綴る。
キリスト教サイドで、
強く仏教そのものを批判することは、実はあまりない。
それは、不勉強のせいでもある。
本気で仏教を批判しようとしていないせいかもしれない。
しかし、そればかりでもなさそうだ。
一部の原理主義的な神学では、
他の宗教に救いはない、というような言い方をする。
けれども、それは
キリスト教への信仰を促す場面が基本であって、
仏教を崩壊させるために思想を構築することは、まずない。
あるのは、
キリスト教で救いを見出したという話だ。
そのことで、仏教そのものを
瓦解させようというような意図は、全くない。
だとすれば、
仏教信奉の梅原猛氏のほうが、
キリスト教を破壊するために
熱心に攻撃をしているように、見えなくもない。
私のような者の言うことだ。
勘違いからきているのかもしれないし、
そもそも無知蒙昧の戯言である。
とんでもない誤解で
関係者にご迷惑をおかけしているのかもしれない。
先に謝っておくほうが無難であろう。
(続く)