高校では修学旅行という名を用いないところも増えた。
私の時代でさえ、
私の高校にはそれがなかった。
今は、スキー体験などといった形で
似たようなものがあるようだし、
福岡から震災の被災地に足を向けるケースもある。
 
こうした社会的な体験には
なるほど意味が濃いような気もする。
被災地にボランティアに行くというのなら、
親としても気持ちよく援助していける可能性が高い。
 
たんなる観光や物見遊山というのでなく、
出かけていってしか体験できない何かを
教育的な配慮の濃厚なものとして行うとすれば、
教育の一環としての意義も大きいかもしれない。
 
意見は様々あるだろう。
私としては、
その「修学」という名前が
適切かどうかの検討はする価値があるかな、と思う。
「研修旅行」といった側面を
表に出す可能性は十分にあるだろう。
 
だがそれにしても、
「ふでばこ」だの「げたばこ」だの
言い方が内容とそぐわないままに
固有名詞化していることもままあることから、
「修学旅行」の名も、
そう簡単に置き換わることはないだろう。
 
京都はこの時期、厳寒である。
どうせ行くなら、
その寒さを体験してみるのもいい。
ぬくぬくとしたお客さんで終わるより、
少しでも現地を知るほうが、断然いいはずだ。
 
ついでに、それを契機に、
歴史への関心が出てくると、もっといい。