教育界の体罰が、
雨後の筍のように発覚している。
今なら訴えても聞いてもらえる、という、
これまで抑圧されていた声が
出てくるという事情もあると思われる。
マスコミもまた、
これなら正義として強気で報道できるせいか、
堂々と体罰を非難して止まない。
 
他方、こうまで一方的に責められると、
体罰擁護論も
どこかで出てくることがあるだろう。
そんなに体罰を即悪だとできるのか、と。
さすがに当初は言いにくいものだが、
必ずこうした擁護する側の結束が起こる。
 
メディアの受け手も、
「ああ、またか」と
だんだん感覚がなくなっていくであろう。
もうその問題には関心をもたなくなる。
こうして、これもまた
過去の話題に過ぎないようになってしまう。
 
無関心と反動とを呼ぶことになる、
自分を正義とする過剰報道の傾向は、
これまでもしばしば重要問題で確認できたはずなのだが、
私たちは自分自身の歴史から学ぼうとしないものである。