パウロがシリアのアンティオキアに戻ったときのこと。
「到着するとすぐ教会の人々を集めて、
 神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、
 異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した」
               (使徒14:27,新共同訳)
と(たぶん)ルカが記録している。
 
旅そのものは、宣教をしつつであるが、
すでに異邦人社会に伝えることを
パウロは自覚しており、
このときバルナバを伴っていた。
 
リストラの町にて、
癒しの奇蹟を起こした彼らを、
現地の人々はギリシアの神々として崇拝した。
パウロは慌てて、自分たちは神でなく、
全地を創造した神をたたえるのだと説いた。
そのため、崇拝騒ぎは収まった。
 
しかし、反感をもつユダヤ人が追いかけてきて、
パウロに石を投げる。
パウロは死んだかと思われた。
だがパウロは立ち上がり、また町を巡回した。
そうして基盤となるアンティオキアに戻ったときに
信徒たちに語ったのが、最初の引用の個所の言葉である。
 
自分たちを送り出してくれた人々に向けて、
異邦人への救いの伝道は成功したことを告げた。
 
私はその程度の理解をこれまでしていた。
だが、ふと、気づかされた。
パウロは、この瀕死の事件を報告していないのだ。
 
恰好悪いから?
だが、もし私がパウロだったら(なんと大胆な仮定だが)、
きっと、
自分が如何に危なかったか、を先に言うと思う。
そこから助かったことを、自慢するに違いない。
オレはこんなに苦労したんだ、すごいだろ、と。
 
だが、パウロは自分の苦労話を一切していない。
それどころか、自分が何かをした、とも言っていない。
自分が主語にならず、主語はただ神であった。
神がなさった、という具合にしか語らなかった。
 
なにげなく読み過ぎるところであるかもしれないが、
こういうリアルな気持ちについて探ると、
自分の愚かさに気づかされる。
聖書の記事の中に自分を見ることは大切なことだ。