以前にも触れたが、
かつてウォークマンが出てきたとき、
危なっかしいと私は感じた。
道を歩きながら音楽を聞いているからだ。
自分では、まわりを「見ている」つもりである。
が、気の払い方が当然違う。
周囲の動きに感覚が及ばない。
後方への配慮や気づきがないか、または遅れる。
細かな点を指摘するつもりはないが、
他人の視点に立つと、必ずそれは分かる。
しかし、だんだん人は慣れていった。
そんなの当たり前だとなった。
音楽を聞きながら歩くことが市民権を得ていったのだ。
時が流れ、
歩きながら携帯電話で話す人が現れた。
これは、音楽を聞くよりさらに危ない。
他人が聞きたくない話し声を
大声でされるのも困ったものだが、
それ以上に、危険行為だった。
現に、踏切にそのまま入って死んだ人もいるし、
駅のホームから落ちたり、
電車と接触したりする事故が報じられた。
報じられないものを含めると、多々あるはずだ。
(続く)
かつてウォークマンが出てきたとき、
危なっかしいと私は感じた。
道を歩きながら音楽を聞いているからだ。
自分では、まわりを「見ている」つもりである。
が、気の払い方が当然違う。
周囲の動きに感覚が及ばない。
後方への配慮や気づきがないか、または遅れる。
細かな点を指摘するつもりはないが、
他人の視点に立つと、必ずそれは分かる。
しかし、だんだん人は慣れていった。
そんなの当たり前だとなった。
音楽を聞きながら歩くことが市民権を得ていったのだ。
時が流れ、
歩きながら携帯電話で話す人が現れた。
これは、音楽を聞くよりさらに危ない。
他人が聞きたくない話し声を
大声でされるのも困ったものだが、
それ以上に、危険行為だった。
現に、踏切にそのまま入って死んだ人もいるし、
駅のホームから落ちたり、
電車と接触したりする事故が報じられた。
報じられないものを含めると、多々あるはずだ。
(続く)