「やまかさ」と入力しても、
「山家さ」のようにしか漢字変換してくれない。
仕方がないから、「やまがさ」と入力する。
今度は「山笠」という文字が出てくる。
 
博多祇園山笠。
博多っ子には、最大のイベント。
尤も、那珂川から西は「福岡」であり、
これは地域の結束が強い「祭」である。
 
しかし、近年少子化も含め、
町衆の力では従来のパワーが出せなくなってきている。
特別な許可を得れば、
本来舁き手となれないような者も
参加できることがあると噂に聞いた。
 
どこでも同じような事情がある。
京都でも、町の中央部の人口減少は甚だしく、
祇園祭での営みも危機感を募らせているし、
正確はだいぶ違うが、
時代祭は見事にアルバイト学生や留学生の行列となっている。
 
「おっしょい」や「おいさ」のかけ声に走る男衆の勢いが、
祭というものだと思いこんで育った私は、
京都の祇園祭を見て、
これはなんだと呆れたことがあった。
もちろん、それぞれの文化の違いだとすぐに理解するのだが。
 
高校のとき、
徹夜して、追い山を見たことがある。
テレビ中継も盛んになされているが、
やはり生で見るのは違う。
 
神社行事である。
今となっては、興じているものではない、と考える。
しかし、一度生で見たらいい、と思う。
あのエネルギーから、
何か得るものはあるだろうか。
テレビでしか野球を見ない人に、
一度球場に足を運ぶことを勧めるのと似ているかもしれない。
 
そもそも「おいやま」も漢字変換してくれない。
まして「てのごい」など「手の語彙」がいいところだ。
ただし「しめこみ」はちゃんと変換してくれる。
 
京都でも、この祭で夏が始まる。
京都なら、送り火で夏を終える。
短い夏は、高校野球の時期でもあるが、
今年はオリンピックが開かれる。
炎のランナーを思い起こす。
リデルについては、いつかも触れたと思うが、
また少し見つめ直してみようかと考えている。