バラエティ番組だというのだそうだ。
言葉の意味からすればよく分からないのだが、
まあ楽しければいい、というものらしい。
 
なにも、教養ぶったものしかダメだ、などと
言うつもりはない。
楽しいだけのもの、大いに結構だ。
 
しかし、人を傷つけるものには注意が必要だ。
さらに、人の命を不必要に奪う虞の強いものは、
公共放送として、楽しげに放送することはまずい。
そういうのが「いじめ」とも呼ばれる。
 
ドラマの場面として、
物語の中の出来事として描くことでさえ、
いくらかの注意がはかられるのが通例であろう。
表現の自由を奪おうなどというものではない。
誰の目にも――子どもにも――平気で飛び込んでくるものとして、
そこだけ見て、しても良いことだなどと勘違いされたとき、
「そんなつもりはなかった」とか
「全体を見てもらったら分かる」とか弁解はできないと思うのだ。
 
酒を飲む大人だったら、
イッキ飲みを強要するゲームが
テレビの中の世界だということくらい、分かる。
そのような声が非常に多かったという、
そのことに、私は驚いた。
 
制作したフジテレビ自身が、
それが人の命を奪いかねないことの助長になるという
自覚が全くなかった、ということを告白しているが、
それはフジテレビというよりも、
この世間一般の空気がそのようであったということが分かった。
 
いじめられる側の、
死にたいほどの辛さや恐怖といったものを、
多数派の人々は、まるで想像できないようなのだ。
なるほど、だから「いじめ」は起こり続けるのだ。
自分では、いじめているつもりはない、と
みんな思っているわけなのだから。
当の本人が。
 
(続く)