世界禁煙デーのニュースは、
殆ど聞かれなかった。
報道があったのはあったのだろう。
だが、誰も何の意識もないようなものであった。

パフォーマンスであれ何であれ、
役所や議員が禁煙をアピールしてくれてもよかった。
それとも、
建物の中での禁煙が普及してきたので、
ことさらに禁煙デーなどと
言わなくてもよくなってきたとでもいうのだろうか。
 
建物の外に出てぷかぷかやられて、
道を歩く子どもたちに煙が否応なく及んでいても?
 
放射能の影響は、
小さな子どもを基準に考えなければ
安全であるとは言えない、と言われる。
とてもよい視点だ。
 
だが、それを考慮し計測して安全宣言をしても、
それでも信じられないとか、
放射能関係は一切認めないなどと
叫んでいる人が一部いるのを見ると、
人間というものはどうしようもないのかと溜息が出る。
 
放射能が一切ない世界というのは、
細菌やウィルスが一切いない無菌状態を作れというようなものだ。
そして、
子どもに放射能はいけない、と叫ぶ者が、
歩きながらタバコを吸っているとなると、
もう救いようがないとしか言いようがない。
 
そのうえ、
伏流煙で癌になるなど科学的根拠がなく、
愛煙家は迫害されている、と
堂々と週刊誌に意見が尤もらしく載せられていたりする。
伏流煙が癌を作ろうが作るまいが、
喘息の因をもつ子どもは、全治1ヶ月の重症を負うのだ。
あなたのその煙が、加害するのだ。
 
少なくともその人やそれに賛同する人は、
放射能は危険だなどと議論に参加する資格はない。
 
さて、
そもそも世界禁煙デーっていつ?
などとお思いの方はいらっしゃらないだろうか。
そのこと自体が、
タバコの害で苦しんでいる人を苦しませているとも言える。