「おーい」「ヤッホー」
大きな声で、呼んでみる。
誰も、こたえない。
「誰か、いる?」
誰でもいいから、返事をしてくれ……。

「ねえ」「ちょっと」「あのー」だと、
呼ばれているかどうか分かりにくい。
昔はそれで十分だったくらいに、
人と人との距離が小さかったかもしれないけれど。
 
そうでなくて、はっきり「○○さん」と呼ぶならば、
「なんですか」とこたえてくれるのでは。
自分が呼ばれたら、人は普通反応するからだ。
 
ところが、
病院で、銀行で、「○○さーん」と順番が呼ばれる。
近頃は、それさえも
プライバシーの侵害と見られる場合があるようだが、
どうやらそれとは関係がなく、
呼ばれても「はい」と返事をしない人の、多いこと……。
 
挨拶しても挨拶を返せない子どもの多さに愕然とするが、
それもこの「呼ばれていること」への認識の薄さが関係しているか。
 
いや、私も小学生のとき、
挨拶を返さないので、
K先生に「冷たい」と評されたことがあった。
だから私もまあその仲間だった。
ただ、指摘されて以来、
私は自分から挨拶するようになった。
認識すれば変化もある。
 
自分が呼ばれている、という認識は重要だ。
「職業」という言葉が西欧語ではしばしば
「呼ばれること」を意味する語でもあることを思い起こす。
神から呼び出されていることがらとしての、職業だという認識だ。
呼び集められたものが、「教会」であることが元々であろう。
 
コミュニケーションとしての祈りという考え方もある。
神が呼ぶのだ。
人もまた、その神を呼んで然るべきだろう。
そこにコミュニケーションが成立する。
だから、祈りは一方通行ではない。
 
とにかく、呼ばれたら返事はしよう。