一昨日の西日本新聞には驚いた。
 
宇宙兄弟のマンガが
これでもか、と迫ってくる
別冊扱いのような特集のことではない。
いや、それもなかなかのものだったが、
同じ日に、もっとすごいものがあった。
 
飲酒運転撲滅キャンペーンである。
 
通常ならば、中に折り込まれている広告面が、
いちばん表に出てきている。
新聞タイトルと裏側のテレビ欄の上を
包み覆い被さるようにして、Θのような、
コンピュータ的な斜線の入ったゼロがでかでかと。
 
情けないと言えば情けない。
だが、福岡には汚名がある。
平気で飲酒運転をする県である、と。
 
ただ、酒だけが問題なのではないことを
どれほど認識しているか、も問題だ。
亀岡の無免許運転の代償は計り知れなかったが、
その割には刑事罰は軽微だと見られるような印象だ。
夜遊びして居眠り運転したのは危険運転ではないというのだ。
もっと「未必の故意」を適用できないか、とやきもきする。
 
にしても、その「未必の故意」が適用されやすくなると、
ほとんどすべての人が怯えることになろう。
スピードを出せば危険なことが分かっていたはず……。
そこに駐車すれば危険だと認識したはず……。
 
どだい、
私たちはそれほど他人の安全になど
重きをおいていないのだ。
まさかそんなことはめったにないだろう、という理由で、
「ちょっとした」悪をすることを笑って互いに許し、
ごくたまにそれで人を殺したような者は、
運が悪かった、という目で見られる程度である。
 
そうであるから、
だから、飲酒運転はいつまでも起こり続けるのだ。
いつまでも、誰かがその犠牲になり続けるのだ。
「酒」だけの問題にしているわけにはゆかない。