原発が悪だと叫ぶ。
飲酒運転を糾弾する。
暴走事故を嘆き憤る。
無免許運転もそうだ。
夜行バスの事故に怒り呆れ、
杜撰ホテルの火事をまた非難する。
日に日に起こる不条理な事件に
その都度怒りを覚えつつ、
私たちは次々と、その被害者の痛みを忘れて行く。
そして社会悪に怒ることで、
自分が正義であるかのような錯覚を
ますます強固なものとしていく。
私たちは、
次々と社会悪に怒りを示す。
なんでこんな馬鹿なことをしているのだ、などと。
しかし自分も社会の一員である。
問い直してみるとよい。
駐車違反をしたことがないだろうか。
決まり通りにゴミ出しルールを守っているか。
寝不足で運転をしていないか。
業務はすべての法令を守っているか。
かの事故や事件は、
すぺからく、
簡単なきまりを守っていないことから
発生したものではないだろうか。
私たちはすべて、と言ってよいと思うが、
簡単なきまりを全部守るようなことはできない。
これは、ユダヤの律法の有様と同じである。
今のユダヤ教と一律に考えてはならないが、
イエスが起こした改革は少なくとも、
すべてを守れない人間への救済であった。
だからいい加減にしてよい、というのでもない。
せめて互いに非難し合うようなことは
しないほうがよい、というようにも受け取れる。
裁くな、という命令である。
簡単なきまりをも、私たちは守れない。
そう、私自身も。
この思いを隠してはならない。
しかし、そのきまりを守らぬことで
人を殺すようなことのないように、
互いに人を愛するようにしたいと願う。
正しいことを正しい、と指摘し合うことが、
人を愛することに、間違いなくなるのだから。
飲酒運転を糾弾する。
暴走事故を嘆き憤る。
無免許運転もそうだ。
夜行バスの事故に怒り呆れ、
杜撰ホテルの火事をまた非難する。
日に日に起こる不条理な事件に
その都度怒りを覚えつつ、
私たちは次々と、その被害者の痛みを忘れて行く。
そして社会悪に怒ることで、
自分が正義であるかのような錯覚を
ますます強固なものとしていく。
私たちは、
次々と社会悪に怒りを示す。
なんでこんな馬鹿なことをしているのだ、などと。
しかし自分も社会の一員である。
問い直してみるとよい。
駐車違反をしたことがないだろうか。
決まり通りにゴミ出しルールを守っているか。
寝不足で運転をしていないか。
業務はすべての法令を守っているか。
かの事故や事件は、
すぺからく、
簡単なきまりを守っていないことから
発生したものではないだろうか。
私たちはすべて、と言ってよいと思うが、
簡単なきまりを全部守るようなことはできない。
これは、ユダヤの律法の有様と同じである。
今のユダヤ教と一律に考えてはならないが、
イエスが起こした改革は少なくとも、
すべてを守れない人間への救済であった。
だからいい加減にしてよい、というのでもない。
せめて互いに非難し合うようなことは
しないほうがよい、というようにも受け取れる。
裁くな、という命令である。
簡単なきまりをも、私たちは守れない。
そう、私自身も。
この思いを隠してはならない。
しかし、そのきまりを守らぬことで
人を殺すようなことのないように、
互いに人を愛するようにしたいと願う。
正しいことを正しい、と指摘し合うことが、
人を愛することに、間違いなくなるのだから。