JR車内、ドアの上方に、
マナー啓発の帯状の掲示物がある。
キャリーバッグの声を聞いてください。
「方向転換」と題して、
「目が回ります。急に方向転換しないでください」
などとある。
「ひき逃げ」には、
「足を踏みたくありません」とあり、
他人の足を踏んだイラストがそこにある。
こういうのが、5つ並んでいる。
キャリーバッグを擬人化して、
そのキャリーバッグの目を通して、
他人に迷惑をかけている、ということを
知らしめようとするものらしい。
私の意見では、これはダメだ。
端的に言おう。
この、キャリーバッグの視点により、
他人に迷惑をかけていると自覚できるような人は、
最初から誰にも迷惑をかけてなどいないはずだ。
つまり、そもそもバッグで迷惑をかけている人は、
こんな啓発ポスターの婉曲表現による意味を、
全く感じることができないのである。
そもそも他人の迷惑というものに鈍感なのだから、
そういう行為を無邪気にやっている背景がある。
間接的な表現が、自分の行為への批判であることなど、
気がつくはずがない。
上品に、洒落たポスターであるつもりなのかもしれない。
だが、それは無意味である。
心優しくクラスに諭す教師の話は、
諭される必要のない真面目な生徒が静かに聞き、
その話が本来向けられた連中は全く聞きもしない、
という状況に似ている。
キャリーバッグの声を聞いてください、
などと言われたら、
「なるほど。バッグが可哀相ね」
程度を考えるのがせいぜいなのだ。
本当になんとかしたいのであれば、
鈍感な者にも分かるようにガツンと言わなければならない。
ちゃんと対策をとっているのです、と言わんばかりの
単なるポーズでしかないような啓発ポスターは、
逆に腹立たしくさえ感じる。
マナー啓発の帯状の掲示物がある。
キャリーバッグの声を聞いてください。
「方向転換」と題して、
「目が回ります。急に方向転換しないでください」
などとある。
「ひき逃げ」には、
「足を踏みたくありません」とあり、
他人の足を踏んだイラストがそこにある。
こういうのが、5つ並んでいる。
キャリーバッグを擬人化して、
そのキャリーバッグの目を通して、
他人に迷惑をかけている、ということを
知らしめようとするものらしい。
私の意見では、これはダメだ。
端的に言おう。
この、キャリーバッグの視点により、
他人に迷惑をかけていると自覚できるような人は、
最初から誰にも迷惑をかけてなどいないはずだ。
つまり、そもそもバッグで迷惑をかけている人は、
こんな啓発ポスターの婉曲表現による意味を、
全く感じることができないのである。
そもそも他人の迷惑というものに鈍感なのだから、
そういう行為を無邪気にやっている背景がある。
間接的な表現が、自分の行為への批判であることなど、
気がつくはずがない。
上品に、洒落たポスターであるつもりなのかもしれない。
だが、それは無意味である。
心優しくクラスに諭す教師の話は、
諭される必要のない真面目な生徒が静かに聞き、
その話が本来向けられた連中は全く聞きもしない、
という状況に似ている。
キャリーバッグの声を聞いてください、
などと言われたら、
「なるほど。バッグが可哀相ね」
程度を考えるのがせいぜいなのだ。
本当になんとかしたいのであれば、
鈍感な者にも分かるようにガツンと言わなければならない。
ちゃんと対策をとっているのです、と言わんばかりの
単なるポーズでしかないような啓発ポスターは、
逆に腹立たしくさえ感じる。