1年前のあの日の午後、
信じられない光景が
ライブ中継に映し出された。
「逃げろ!」
津波に間もなく呑まれる道を走る車に向かって私は叫んでいた。
阪神淡路大震災から一年、
なかなか足を向けることができなかった神戸に行き、、
神戸新聞の記録集を買い求めた。
その記事は、真摯そのものだった。
この一年、河北新報贔屓であった。
それ以前から時折立ち寄ってはいたが、
東日本大震災以後は連日訪れた。
記事はテキスト保存している。
先日、河北新報の震災当時の記録に基づくドラマが放映された。
地元では系列局がなく、
その日には放映されなかったそうだ。
福島出身の円谷英二の生んだウルトラマンが
全国放映されなかったのは初めてだというのが、
福島におけるメビウスであったというのと似て、
少しせつない。
その後の河北新報の記事もまたまとめられて、
『再び、立ち上がる。』という本になっている。
読んでいて、息が詰まる思いがする。
当事者は、本当に息が詰まったことを思うと、
安全で気楽なところから読んでいる自分が情けない。
感情を抑えた河北新報の記事に、
最高度の真実を覚えるのは何故か。
それは、その記者もまた、被災者だからだ。
自身勉強ができて学歴を得て上に立つ者が、
自ら現場に立つこともなく
勉強のできない子の「ために」制度を改革したとしても、
反感を買うことはあれど歓迎されないのと同様だ。
しかし自ら病と闘う医師が患者に生きることを訴えれば、
患者の心も動く。
被災者でありつつ、
震災を報道する。
ここに真実を見なくて、真実はどこにあるだろうか。
自ら痛みを味わった神の愛を感じなければ、
信仰は始まるまい。
同胞の悲しみを、また喜びを伝え続ける
河北新報の働きを応援し続けたい。
神戸新聞もまた、
私は今なおささやかながら応援しているのだから。
信じられない光景が
ライブ中継に映し出された。
「逃げろ!」
津波に間もなく呑まれる道を走る車に向かって私は叫んでいた。
阪神淡路大震災から一年、
なかなか足を向けることができなかった神戸に行き、、
神戸新聞の記録集を買い求めた。
その記事は、真摯そのものだった。
この一年、河北新報贔屓であった。
それ以前から時折立ち寄ってはいたが、
東日本大震災以後は連日訪れた。
記事はテキスト保存している。
先日、河北新報の震災当時の記録に基づくドラマが放映された。
地元では系列局がなく、
その日には放映されなかったそうだ。
福島出身の円谷英二の生んだウルトラマンが
全国放映されなかったのは初めてだというのが、
福島におけるメビウスであったというのと似て、
少しせつない。
その後の河北新報の記事もまたまとめられて、
『再び、立ち上がる。』という本になっている。
読んでいて、息が詰まる思いがする。
当事者は、本当に息が詰まったことを思うと、
安全で気楽なところから読んでいる自分が情けない。
感情を抑えた河北新報の記事に、
最高度の真実を覚えるのは何故か。
それは、その記者もまた、被災者だからだ。
自身勉強ができて学歴を得て上に立つ者が、
自ら現場に立つこともなく
勉強のできない子の「ために」制度を改革したとしても、
反感を買うことはあれど歓迎されないのと同様だ。
しかし自ら病と闘う医師が患者に生きることを訴えれば、
患者の心も動く。
被災者でありつつ、
震災を報道する。
ここに真実を見なくて、真実はどこにあるだろうか。
自ら痛みを味わった神の愛を感じなければ、
信仰は始まるまい。
同胞の悲しみを、また喜びを伝え続ける
河北新報の働きを応援し続けたい。
神戸新聞もまた、
私は今なおささやかながら応援しているのだから。