真珠湾攻撃をまず挙げるか、
それともジョン・レノンの忌日を思うか。
この日は、歴史を背負う日付である。
試しにWikipediaを開いてみると、
いるわいるわ、事件の数々。
誕生日もやたら多くてびっくりする。
もともと日付は365ないし366しかない。
歴史の様々な事件や事柄を割り振れば、
幾多の有名な事件がいくつもその日に記されることは
当たり前と言えば当たり前なのだが、
それでも見ていると「へぇ」と唸りたくなる。
ジョン・レノンにしても、
もうずいぶん過去の話となってしまった。
いい大人も、
その事件を覚えていないことが多々あるだろう。
私が真珠湾攻撃にリアルタイムでいなかったのと同様に、
昔話を聞くような気持ちであるのだろう。
ビートルズもひとつの歴史となった。
だが、その音楽は大きな影響を与えた。
真珠湾攻撃はなおさらである。
細かな背景や事実の時系列な動き、
また個々人の思惑や関係など、
歴史の中に埋もれて出てこないものもあろう。
しかし細かなことはかなり調べられ、明らかになっている。
戦争が何を呼んだか、
それは結果として私たちが知るところである。
当初は、そんなことは誰も知らない。
私たちが今絶えず創造している日々の歴史においても、
それがどういう影響を与えてゆくのか、分からない。
ただ、何らかの影響を
たしかに与えていくということには、
もっと目を開かれていくほうがよいと考えている。
自分は歴史の外にいて、
無関係に世間を眺めているだけだ、と
多くの人が勘違いをしているからだ。
まるでテレビや映画を見ているかのように、現実を見ている。
しかし、
自分はたしかに現実を構成し、創造に加担しているのだ。
この簡単な事実が、希薄になっているのが、
ここのところ私がずっと気にしていることである。
なお、
「トラトラトラ」を打電させた
総指揮官淵田美津雄中佐について
すばらしい内容のコラムが、
7日付西日本新聞「春秋」にあった。
よかったらご覧ください。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/276747