勤労感謝の日。
新嘗祭との関係など、
由来を調べてみるのも面白い。
 
最近の小学校では、
こうした祝日を
まともに教えなくなっている。
「なんか、休み」としか子どもは思っていない。
社会科で、憲法記念日だから、と教えても、
六年生全員が、それをいつだか知らなかったのだ。
 
確かに祝日の中には、
根拠がどうかと思われるものもあるだろうし、
それを祝う必要があるのか、と考える人もいるだろう。
だが、批判するにしても、
それが現状としてどうであるのか、
知らないことには何の議論も起こせない。
 
まさか、日教組の方針で、
祝日には触れるな、ということになっているのだろうか。
タバコの害を教えないから、
スモーカーとして呑まれていくのかもしれないし、
宗教について考えさせないから、
簡単に宗教や占いに操られていくのかもしれない。
祝日を知らないというのは、
私の中ではありえないことの一つだったのだ。
 
勤労感謝の日はまた、
収穫の時期をも重ねて考えることができよう。
アメリカでの感謝祭も近い。
翻れば、私たちは
さまざまな先人たちに感謝しなければならない。
 
だがそれは、
先人たちの決めたことに服従しなければならない、
という意味でもない。
ありがたく受け止め、
それは大変なことだったと労う気持ちはもつべきだが、
それを極上の真理だと認める義務も必要もない。
時代状況は、確かに変化していくものだ。
 
手話では、
「仕事」+「感謝」としがちなのだが、
「仕事」+「お疲れさん」が通常らしい。
確かに「感謝」と言うとそれを尊重するしかないようだが、
「お疲れさん」なら、それをまた
改善して使わせてもらっても構わないような気がしないか。
 
それにしても、
教育現場における祝日への無知は、
社会人形成にそぐわないようにしか思えないのだが。