ギリシアの金融危機が、
今度はイタリアに飛ぼうとしているという。
 
質は違うが、
額そのものは日本には、
それと比較にならないくらいの数字が
ふりかかっている現実がある。
 
「カネ」という基準が
こうも大きなものとなったのは、
比較的歴史も新しいことのはずだ。
しかしこの瞬間的に世界を巻き込む動きが可能になった、
電子取引の時代には、
かつては起こらなかった危険さえ、
如何様にでも起こり得るものとなっている。
 
文明とカネということを
根本的に問う思想が表に一度出て然るべきではないか。
経済という言葉が、
かつては違うイメージで捉えられていたことは有名だが、
それはもちろん、
経済の概念が近代まるで変わったということを意味している。
 
私たちが見慣れている経済なるものが、
経済足るもののすべてであるわけではないのだ。
 
かつての時代の経済がすべてよいというわけでもない。
ただ、現代の経済も変わり得ることを
可能性の中に入れてもよいはずだろう。
だから、問うことが必要なのだ。
 
ギリシア、そしてイタリア、すなわちローマ。
古代の文明、文化の祖先が、
現代の金融システムから押し出されようとしている。
もはや引退した老齢の選手でしかないせいだろうか。
ミネルヴァの梟たるべく、
今また人類の知恵は、ここから偉大な哲学を生むのだろうか。