指先の傷から菌が入り、
腫れてしまった。
ほうっておいても治ったことがあったのだが、
今回は腫れが引きそうになかった。
 
医院を訪ねた。
すると、指先を押さえられ、
針で刺された。
 
白い膿が出てきた。
 
もののたとえで「膿を出す」と言う。
だが、これが実物だった。
自分の中から、膿が出ていく。
こうしないと、治らないのだという。
 
人間の中の罪というものは、
こう簡単に出て行くものではないが、
それを成し遂げたのは、
神から与えられた類ない救いの手段であった。
 
私は指先の針のため、
思わず声を出したし、ほとんど涙が出そうになった。
この小さな針で突かれただけでもこの痛さだ。
それが、イエスは十字架に釘で打ち付けられたのだ。
 
また、医師というものにも感動を覚えた。
どうしてこんなことになったのか、
そういうことは追及しない。
ただ、苦しんでいる私の痛みを取り去るために
最善の方法を最短距離でなそうと努める。
多少痛みがあるかもしれないが、
これが痛みをやがて取り去ることになる。
 
イエスはまた、人々の病を癒した。
膿を出すという痛みはあったかもしれないが、
それによって、きよめられ、癒されていくのだ。
聖書の中で癒されたその人の喜びは、
どれほどのものであったことだろう。
 
自分が痛い目に遭わなければ、
こうしたこともまた分からなかったことになる。
痛みもまた、感謝な出来事であったことになる。