映画・エンディングノート。
 
映画を観るのは久しぶりだ。
それほどに、
映画館というところから
すっかり遠ざかってしまっていた。
 
学生のころは、
大阪の名画上映クラブの会員となって、
わざわざ昔の白黒映画を観に行っていた。
 
今なら、DVDで済ますところかもしれない。
 
だが、古いと言われようと、
あの映画館という場所で観る経験は、
DVDとは違うものがきっとある。
なにかこう、空間とでも呼ぶべきものが、そこにある。
 
この映画については、
様々にもう伝わっているだろうから、
ここでストーリーや特徴を説明することは遠慮する。
 
よくぞここまで家族を撮り続けたものだと驚く。
きっと、ずっと長く撮り続けているから、
被写体としての家族も、
ごく自然に撮られているのだろう。
ちょうど私が、息子をずっとカメラに収めているから、
息子もそんなものだと何の違和感も覚えていないように。
 
実に幸福な父親であると見た。
いい家族だ。
死は悲しいし、恐ろしいものでもあるだろう。
だが、この映画に溢れたいたのは、
ひたすら幸福感であった。
 
カトリック教会がひとつの舞台になっている。
「信仰」というものはそう感じられないが、
意識されないほどに自然な背景にそれがあるように見えた。
それがカトリックというものであるようにも理解した。
 
失礼な喩えかもしれないが、
仏教の教義や内容をさして知らずして
日本人の多くが自分を仏教徒だと見なすように、
聖書という人類最大級の信仰の基盤の上に
ほんわかと立っているだけでも、何か違うのだ。
 
驚きがあり、
笑いがあり、
そして涙がある。
 
家族はもちろん、
自分自身と向き合うためにも、
この映画はよい仕事をしていると思った。