自分が不愉快に感じることが多い、ということは
自分もまた、他人に不愉快を覚えさせている、
ということでもあるだろうと考える。
当然の判断だ。
 
心ない人というのもいるわけだが、
それはそれで一定の割合で存在するとすれば、
仕方がない面もある。
 
しかし、職業としての言動の中に
それってありだろうか、と思わせるものがあれば、
改善していく必要があると思われる。
東京電力が、賠償してほしいならこの難題をクリアしな、と
とんでもない量・質の書類を
短期間で仕上げよ、と突きつけるのも、いわばそれだろう。
 
たかがスーパーマーケットでのレジではあるが、
先日、バーコードがなかなか読みとれない事態があった。
ちょっと和紙仕立てで包まれている商品だ。
別のベテランを呼んでもやはり読みとらせることができない。
ついにこう私に尋ねた。
「これ、破ってはいけない……ですよね?」
 
仮にも商品である。
バーコードという、その店の都合で、
商品を破ってよいかどうか、という質問である。
そんなばかな。
その職業としては、ありえない発想ではないか。
 
最終的に、バーコードの数字を手で打ち込んだ。
そう。
普通の店員は、読みとれないと思った瞬間、
こうして数字を打ち込む。
しかしこの場合、破ってよいかまで尋ねた店員は、
数字を打ち込むまでに3分以上費やした。
 
同じ日、コンビニで振り込みをした。
若い女性店員だが手慣れたふうであり安心できた。
しかし、最後にやはりよくコンビニで聞くセリフを聞くことになる。
「レシートは要りますか」
 
こちらはつい「お願いします」と言う。
だが、なぜ客が「お願い」しなければならないのか。
レシートを渡すまでが店員の仕事である。
客がレシートを受け取るのは、
至極当然のことであって、「お願い」してもらうものではない。
 
何かが間違っている。
マニュアル化しているのだろうか。
依然としてあちこちで
「千円からお預かりします」と
敬語にもなっていない不愉快な言葉を聞く。
言葉は変化するのだから、
こだわる方がおかしい、とされているのだろうか。
 
商品を破るのも、
レシートを「お願い」してもらうのも、
もはや常識となっているのだろうか。