颱風12号のもたらした被害が報道される。
強い勢力の低気圧が
実にゆっくりとしか動かなかった、つまり
長らくその場に留まり続けたということで、
大量の雨が注がれた山肌が
行く個所も崩れ落ちたという様子であった。
どの方の犠牲も哀しいが、
那智勝浦町長のお嬢さんのエピソードは
さすがにぐっとくるものがあった。
よりによって結納の日に……と。
そして、現場を離れられない父親の職務観。
右派にはたまらない素材かもしれない。
いや、なんとも言葉のかけようもないのは
誰もが同じである。
山が多く、雨量も多い日本においては、
こうした災害は終わることがない。
津波があろうと低地に住まわなければ
仕事がままならない東北の地と同様に、
危険を感じつつもそこで暮らすことを
やめるということは、なかなかできないのだろう。
災害は哀しい。
「どうして」と思いたくなる。
しかし、突発的な事件とは違って、
まだ対策の方法はある。
知恵だけで、完全になくすことはできないけれど、
助かるケースを増やすことは、まだまだできる。
自然を食い止めることはできないけれど、
自然の力を少しだけ避けることはできると思う。
それにしても、気になるのが、
避難勧告の温度差だ。
地域によっては、避難勧告が遅れたり、
全く出されなかったところもある。
出さなかった理由を、「兆候がなかったから」として
平然としている自治体もある。
颱風が来ていることが、兆候そのものだと受け止めていない。
たしかに、避難というのは
いわば無駄に避難するというリスクもある。
が、命を失って後では、取り返しがつかない。
(続く)