松本龍復興担当相の言動が
何かと問題になっている。
人の心というものを考えたら、
こんなに失礼な言動はない。
その人がどこに立ち、
どのように世界を見ているか、
明白になるというものだ。
被災地の苦難や耐えている人々から
どう見えるか、
それを私がとやかく言える立場ではない。
私がどう言おうと、
苦しんでいる人々を代弁することはできないからだ。
ただ、私は「陳謝」と称された言葉の中に、
何にも陳謝にもなっておらず、
人権侵害も甚だしいと思われる二点に触れてみる。
私のような者までもが
ある意味で被害者となったからである。
「言葉足らずだったり、私は九州の人間ですけん、
ちょっと語気が荒かったりして、
結果として、
被災者の皆さんに、傷つけたということがあれば、
おわびを申しあげたいという風に思っております」
九州の人間への決定的差別である。
九州だから
人を傷つけるような乱暴な言葉遣いをしているのは当然で
許されるという意味の言明だ。
しかも、「結果として」「あれば」などと仮定の話にしている。
私も申し上げる。
「九州男児はそげな無責任なことば言うはずがなか」
「私はちょっと、
B型で短絡的なところがあって、
私の本意が伝わらないという部分があるということは、
さっき女房からも電話がありましたし、
反省しなければならないと思っています」
血液型という、
人が選択できずに生まれた身体的性質を
決定的な欠陥として認めている。
しかも、その判断には何ら根拠があるわけでなく、
ただの風評的差別だと言わざるをえない。
しかも、「本意が伝わらないという部分がある」とは、
日本人の5人に1人を占める種類の赤血球の抗原の持ち主が
一様に気持ちを伝える上で欠陥をもつという
偏見に満ちた言明である。
部落問題に熱心で
部落解放の父と呼ばれた人の一族であり、
部落解放同盟の重責を務めたという松本龍氏である。
人権擁護を自らの活動の筆頭に掲げてきたのではなかったか。
この人の、
人権という「本意」は何であるのか。
九州人を画一的に自分の欠点の理由として掲げ、
何の理由もない血液型で人間を決める差別を推進することが、
この人の「本意」だったのか。
しばしば人間は、
その「言い訳」の中に「本意」が見える。
被災者に対する誠意ある謝罪をなしとげたら、
九州人とB型の人に、ぜひ「陳謝」してもらいたい。
いや、「陳謝」がこれであったわけか。