TSUNAMI
日本語のままに海外にも知られるようになった言葉である。
東北の震災はこの津波により壊滅的な被害を受けた。
原子力発電所のダメージも、
それを与えたのは津波であるとされている。
 
しかしこれは、2000年だったか、
サザンオールスターズの代表曲となった曲のタイトルでもあるのだ。

曲の中で「津波」という言葉は
多く使われているわけではない。
桑田佳祐らしく、
どこか舌足らずな表現のままに、
おそらく言いたいのは、
津波のように高ぶる気持ちが押し寄せてくるというのだろうが、
感情の高揚を表すために選んだ言葉なのだろう。
 
何をそんな言葉を使っていたんだ、と
桑田佳祐などを非難するつもりは毛頭ない。
 
私は今にならないと気づかなかったのだ。
私はあのとき、この曲のタイトルに
それはいけない、とはっきり言わなければならなかったのだ。
 
何も被災者を傷つけるために歌詞をつくったのではない、との
反論もあるだろう。
そう、その通りだ。
だが、ヒット曲のタイトルというのは、
そのタイトルをもって語られるだけに、
この場合は適切でなかったことを、
私がはっきり言い続けなければならなかったのだ。
 
単純比較はできないだろうが、少し想像してみるとよい。
大ヒットを飛ばす歌手の歌う歌のタイトルが、
しかもいわば恋愛ものでありつつ、
次のようなものであってよいのかどうかを。
 
「恋のテロリスト」
「彼は放火魔」
「洪水のように」
「大雨土砂崩れ」
「涙の火砕流」
 
ローマ字にしたからよいのだ、などという理由はない。
ラジオで繰り返されるその発音は
まさにこのような類であったはずなのだ。
 
だのに当時、
奥尻島の津波被害からもそう時を経ていないのにも拘わらず、
私はあのヒット曲のタイトルに、
ひっかかりをもたなかったのだ。
 
私の中に、被災者への思いというものが
なかったのだ、ということを思い知らされたのだ。
これが、悔やまれることだったのである。