どうにも、このころになると憂鬱になる。
自分が年をとることの故かもしれないが、
やはり、あのことだ。
 
2003年6月20日の夜、授業終了後、
速報は職場に響いた。
いや、すでにニュースは広まっていたのだが、
私たちは授業の最中には知らなかったのだ。
 
遺体が見つかった。
 
彼の死そのものは、
20日になったかならないかのうちではないか、とも言われていた。
大方は20日になって間もなくの深夜だったとされている。
 
季節はずれの台風6号がそのとき近づきつつあった。
休みとなった塾だったが、
その前日、
授業日ではないのに、彼は来ていた。
 
六年生。
中学受験生である。
 
四年生くらいのときに塾に来た。
お坊ちゃんで、真面目で熱心とは言い難かった。
へらへらしていた彼だったが、
真剣に勉強に取り組む友人たちを見て、
だんだん変わっていった。
 
六年生になるころには、
からだも大きくなり、逞しく見えた。
後でテレビ、特に讀賣系でよく紹介されていた写真は、
だいぶ前の幼い顔である。
男の子も一年、二年でずいぶん変化する。
 
福岡県で一番の中学を受験するに値する
塾のクラスに彼は昇格した。
さあこれから、というところだった。
 
(続く)