「がんばろうニッポン」と人は言う。
これは、「東北のあなただけがんばれ」ではない。
「東北のあなたも、そしてわたしもがんばる」である。
これを唱えることを嘘にせず、
わたし自身もまた、がんばることには、
意味があるどころか、責任が伴うことがはっきりする。
心配は、今の子どもである。
もしかすると、若い世代が総じてそうなのかもしれないが、
自律神経というか、体温調節機能の怪しい者が多いことである。
20度を越えたころ、
「暑い暑い。エアコン入れて」と要求する子どもたち。
体温が低いという奇妙な体質に加えて、
我慢ができないという精神に加えて、
体温調節そのものがあやしい様子が実際見られる。
小さなころから、エアコンたっぷりの環境に慣れきっているのだ。
からだ自体が働くことを学習してこなかったのだ。
旧約聖書の箴言にある。
子どもを懲らしめることを怠るな。
鞭で打っても死ぬことはない。
文字通り鞭打ちを推奨するように理解するのは愚かである。
子どものうちに学習しないといけないことを
ちゃんと学習させておく必要のあることを伝えている。
なんという深い知恵であろうか。
個人的に私は、
夏に自宅でエアコンを使うことは殆どない。
たまに使うことがあるとすれば、
たぶん夜である。
日中には使った記憶が殆どない。
理由は簡単。
電気代が払えないから。
だが、子どもたちも、そういうものだと理解している。
もちろん、扇風機は使う。
たしかに、扇風機では対応できない暑さだったから、
去年は犠牲者が出た。
だが、室外機が作動しない環境だと、
扇風機でそうはならない可能性だってある。
あなたの、エアコンストップが、
ご老人の命を守ることになる。
しかし、こう考えてくると、
エアコンを買えないようないわば「弱者」を
私たちはいじめてきたことになる。
まことに、
私たちは自分が加害者であるという意識を、
つねに忘れている。
あるいは、考えないようにしている。
人間に「罪」があるということは、
きわめて自明な事実である。
これは、「東北のあなただけがんばれ」ではない。
「東北のあなたも、そしてわたしもがんばる」である。
これを唱えることを嘘にせず、
わたし自身もまた、がんばることには、
意味があるどころか、責任が伴うことがはっきりする。
心配は、今の子どもである。
もしかすると、若い世代が総じてそうなのかもしれないが、
自律神経というか、体温調節機能の怪しい者が多いことである。
20度を越えたころ、
「暑い暑い。エアコン入れて」と要求する子どもたち。
体温が低いという奇妙な体質に加えて、
我慢ができないという精神に加えて、
体温調節そのものがあやしい様子が実際見られる。
小さなころから、エアコンたっぷりの環境に慣れきっているのだ。
からだ自体が働くことを学習してこなかったのだ。
旧約聖書の箴言にある。
子どもを懲らしめることを怠るな。
鞭で打っても死ぬことはない。
文字通り鞭打ちを推奨するように理解するのは愚かである。
子どものうちに学習しないといけないことを
ちゃんと学習させておく必要のあることを伝えている。
なんという深い知恵であろうか。
個人的に私は、
夏に自宅でエアコンを使うことは殆どない。
たまに使うことがあるとすれば、
たぶん夜である。
日中には使った記憶が殆どない。
理由は簡単。
電気代が払えないから。
だが、子どもたちも、そういうものだと理解している。
もちろん、扇風機は使う。
たしかに、扇風機では対応できない暑さだったから、
去年は犠牲者が出た。
だが、室外機が作動しない環境だと、
扇風機でそうはならない可能性だってある。
あなたの、エアコンストップが、
ご老人の命を守ることになる。
しかし、こう考えてくると、
エアコンを買えないようないわば「弱者」を
私たちはいじめてきたことになる。
まことに、
私たちは自分が加害者であるという意識を、
つねに忘れている。
あるいは、考えないようにしている。
人間に「罪」があるということは、
きわめて自明な事実である。