こどもの日に弁明しているが、
私はこどもや若者を見下すつもりはない。
以前、他人を見下す若者、というフレーズが
ある本から起こされたことがあったが、
そういうカケラを認めつつ、
私自身はそういう角度で見ることはない。
それでもなお、
子どもや若者は、次の未来を築く。
さらにまた、その次の未来にもつながる。
ひとつの希望でもある。
ほうっておけないものがある。
伝えてほしいこと、
貫いていてほしいことが、願いのようにしてここにある。
人として、考えてほしいこと、であるのかもしれない。
今日の場合は、
倫理的なものというよりは、美学的、趣味的なものだ。
コーヒーよりも、若い世代では紅茶が人気だと聞いた。
缶コーヒーを愛用するようなCMぶりだが、
よく見ればあれば「おじさん」たちである。
缶コーヒーはすでに、おじさんくさいのである。
どうしてコーヒーが遠ざけられるのか。
それは、単純だ。
苦いからだ。
苦いのがだめなのだ。
そういえば、
酒についても明らかにそうだ。
ビールすら、苦いので敬遠されつつあるという。
かつての酎ハイでも耐えられない。
ハイボールのおしゃれさは、
苦みを避けた結果見つけた憩いのひとときらしい。
(続く)
私はこどもや若者を見下すつもりはない。
以前、他人を見下す若者、というフレーズが
ある本から起こされたことがあったが、
そういうカケラを認めつつ、
私自身はそういう角度で見ることはない。
それでもなお、
子どもや若者は、次の未来を築く。
さらにまた、その次の未来にもつながる。
ひとつの希望でもある。
ほうっておけないものがある。
伝えてほしいこと、
貫いていてほしいことが、願いのようにしてここにある。
人として、考えてほしいこと、であるのかもしれない。
今日の場合は、
倫理的なものというよりは、美学的、趣味的なものだ。
コーヒーよりも、若い世代では紅茶が人気だと聞いた。
缶コーヒーを愛用するようなCMぶりだが、
よく見ればあれば「おじさん」たちである。
缶コーヒーはすでに、おじさんくさいのである。
どうしてコーヒーが遠ざけられるのか。
それは、単純だ。
苦いからだ。
苦いのがだめなのだ。
そういえば、
酒についても明らかにそうだ。
ビールすら、苦いので敬遠されつつあるという。
かつての酎ハイでも耐えられない。
ハイボールのおしゃれさは、
苦みを避けた結果見つけた憩いのひとときらしい。
(続く)