宮城の河北新報が、
先日19日のコラム(河北春秋)で、
あしなが育英会のことに触れていた。
 
自分から意見の言えない、あるいは
その声が表に出て来ない、
子どもたちの立場を代弁するような報道姿勢がありがたい。
そして、
今回の震災でも、
百人を越える子どもたちが
親をただ失い、行くあてと支えとをなくしている。
 
あしなが育英会については、
神戸の震災のときに大きな必要が訴えられて以来、
ささやかながら、ずっと応援している。
 
先週の土曜日と翌日曜日に、街頭募金があった。
今日と明日も行われると聞いている。
寂しいのは、募金に立つメンバーの数が激減したこと。
年々減るように見える。
おそらく、育英会に属した遺児たちが立っているのだと思うが、
以前は近隣の高校生が同調して援助していた。
ここのところ、それが明らかにいなくなっている。
 
募金を呼びかけるというのは、
最初はきわめて恥ずかしい。
だが、一度声を出すと、度胸がすわる。
初めてどなたかに入れていただくと、
とてつもなくうれしい思いがする。
 
それが無償であるからこそ、いいのだ。
 
ただ、募金する方も、注意が必要である。
「困っている人のために」との呼びかけが、
そのまま自分の懐に入る募金が、正直、ある。
飢えている外国の子どもの写真を掲げていながら、
宗教団体の肥った指導者のためのお金になる犯罪もある。
堕落した人間から金を集めるのは善だ、と教えられているからこそ、
そんなことが平気でできる。
そういう者も、世の中にはいるのだ。
 
赤十字やあしなが育英会については、
ご安心戴きたい。
だから、どうぞ、見かけた場合には、
未来ある子どもたちを支える、
無数のあしながさんたちの一人に加わって戴きたい。