余震につぐ余震。
震源のプレートの大きさの故もあるのか、
都市直下型と異なり、
あちこちから大きな余震が押し寄せる。
 
震災1ヶ月という区切りの黙祷も落ち着かず、
余震また余震と大きな揺れに見舞われている。
原発の行方が気がかりで仕方がない状況なので、
まったくゆっくりと思い起こすような暇もない。
 
もとより、現地の方々は、
その現実のさなかに置かれ続けているわけで、
安らうときが少しもない。
目を背ければ見なくて済む私たちとは異なる。
 
1ヶ月というのは、
余震でも注意をしなければならない時期ではある。
それにしても、多すぎる。
 
事が起こった後、
またぶりかえすようなことは、
人間の心理的な部分でもあるものだが、
自然災害においても、
なかなか終わりを告げるというところまでこない。
予告もないし、収束宣言もなされるわけではない。
いっそう不気味に、小さな人間の前に立ちはだかる。
 
復興が、本当に厳しい見通しとなってくる。
さあ、とやり直す思いを、余震が挫く。
ここから、どんなふうに人々が立ち上がれるのだろうか。
「がんばろう」では済まない気がする。
これは本当に、重大な事態であるとつくづく思う。