塾で教えている小学生が、
ニュージーランドに姉が留学したことがある、と言った。
今は帰国しているというが、
それくらい、そこは身近な留学先であるらしい。
 
大きな利益の上がる産業に恵まれないニュージーランドは、
留学をいわば産業にしているという。
ホストとして、英語を学ぶ人を受け容れる。
これは、なかなかよい方法であるかもしれない。
 
友好的な印象を抱くというのは、いいことだ。
 
イギリスとのつながりの深い国ということだから、
英語は折り目正しいのをモットーにしているのだろうか。
聞くところによると、
オーストラリアもそうだが、
かなり「独自」な英語も流通しているとか。
いや、そこのところは、ちゃんと手が打ってあるに違いない。
 
近年、手話も公用語に加えられたことで、
今回の政府発表の席では、
隣で手話通訳者が手話で伝えている様子も
テレビカメラに映っていた。
 
地震の被害の大きな街は、
なかなか立ち直れない状況であることだろう。
日本から留学して被災した人も少なくない。
遺体収容もままならぬ状況は、まことに切ない。
阪神淡路大震災で目の当たりにした出来事であるだけに、
どんなに哀しく、苦しいか、
全く想像できないわけではないのだが、
しかし想像し尽くせるはずもないことである。
 
以前、
ニュージーランドの羊飼いの青年に、
犬笛の吹き方を教えてもらったことがある。
羊を呼び集め、相応しい門を潜らせる様子も見せてもらった。
聖書の世界を、擬似的にも感じることができた。
 
できるなら、
さらなる交流が続いてほしいと願うばかりである。