かつて、「エコ・ファッション」などと言って、
茶色や緑色の服がもてはやされたことがあった。
これは、十字架のアクセサリーを「かっこいい」と言うのと同様、
言葉の悪用であり、勘違いであり、
殆ど冒涜と呼ぶに等しい。
はたして「エコ・カイロ」は「エコ」なのか。
「そんなの、商売用の文句じゃん」などという声が
嘲笑とともに返ってきそうではある。
なにもここで、「エコ」とは「エコノミー」の略で、
「オイコノミア」という家の管理を表す概念に基づく、
などという背景から語ろうなどとは思わないが、
せめて「再生カイロ」くらいにしておくべきではないかと提案する。
そもそも、懐炉なるものは、懐に暖をとるためのものである。
むしろ古くからいろいろ工夫がされていた。
昔あった「白金懐炉」はプラチナを用いたものだが、
こちらのほうがまだエコ概念に近いのかもしれない。
桐灰を用いるさらに古い時代のものも、悪くない。
使い切りカイロもまた、原料の安価さや安全の点で「棄て難い」。
ひとつの良い面を強調するために、
人は実にオーバーな表現をとる。
逆に、「言われていない悪い面」を探ろうとすることも、
時には必要である。
また、その良い面が本当に良いことなのか、
情報について考慮するべきではないかとも思う。
情報が飛び交い、溢れる時代だからこそ、
こうした一種のリテラシー的姿勢は、
あらゆる場面でもたなければならないであろう。
茶色や緑色の服がもてはやされたことがあった。
これは、十字架のアクセサリーを「かっこいい」と言うのと同様、
言葉の悪用であり、勘違いであり、
殆ど冒涜と呼ぶに等しい。
はたして「エコ・カイロ」は「エコ」なのか。
「そんなの、商売用の文句じゃん」などという声が
嘲笑とともに返ってきそうではある。
なにもここで、「エコ」とは「エコノミー」の略で、
「オイコノミア」という家の管理を表す概念に基づく、
などという背景から語ろうなどとは思わないが、
せめて「再生カイロ」くらいにしておくべきではないかと提案する。
そもそも、懐炉なるものは、懐に暖をとるためのものである。
むしろ古くからいろいろ工夫がされていた。
昔あった「白金懐炉」はプラチナを用いたものだが、
こちらのほうがまだエコ概念に近いのかもしれない。
桐灰を用いるさらに古い時代のものも、悪くない。
使い切りカイロもまた、原料の安価さや安全の点で「棄て難い」。
ひとつの良い面を強調するために、
人は実にオーバーな表現をとる。
逆に、「言われていない悪い面」を探ろうとすることも、
時には必要である。
また、その良い面が本当に良いことなのか、
情報について考慮するべきではないかとも思う。
情報が飛び交い、溢れる時代だからこそ、
こうした一種のリテラシー的姿勢は、
あらゆる場面でもたなければならないであろう。