横綱白鵬に土がついた。
63続いた白星の次に、黒星がついた。
偶然、私はその瞬間をテレビで見た。
ふだん相撲など見ていないのだが、
息子と遊び、それからまた夕刊を買いに散歩して、
戻ってきてテレビをつけたら始まったのだ。
勝つことに、いわば慣れていたのかもしれない。
白星を「一つ伸ばしてやるか、と思ったところにすきがあった」と
本人もコメントしていた。
しかし、挑戦者は決してそうではない。
稀勢の里は、なんとかしてやろうと力を振り絞った。
そこに、予想を覆す力が備わっていた。
先のロッテの「下克上」にも共通点がある。
負けて失うものはない、というチャレンジャーには、
時に勝利を呼ぶ勢いが加わることがある。
街では、力士を見かけることがある。
コンビニにも若い衆がいたりするし、
つぶれそうなタイヤの自転車に乗っていることも。
いろいろあった大相撲界だが、
九州ではそれなりに応援がある。
大関魁皇も限界まで挑戦しているからだ。
その名をもつ特急が、博多から走っている。
こうした扱いは、例外的のようだ。
油断はならない。
分かっているはずなのだが、
私たちは、自分の計算でつい事を運んでしまう。
クリスチャンこそ、そんなことはない、と分かっているのだが、
それさえも、勘違いしてしまうことが多々あるのだ。
口にするのは間違っているかもしれないが、
朝青龍のいない相撲界での連勝は、
白鵬ならば当然と見なされることがあったことだろう。
しかし、続かなかった。
双葉山の記録が如何に凄いか、も改めて分かるというものだ。
「イマダモッケイタリエズ」の伝説もあったが、
白鵬の心境は如何に。
それはまた、私たちも心して受けるべき言葉であるかもしれない。