「くもんいくもん」
可愛い子どもたちの声。
洒落の口調で誘うのはいいアイディアだる
 
他方「行ってみヨーカドー」というのもある。
こちらは大人がやるのでわざとらしい感じがするが、
とにかくこちらも客に来てほしいと見える。
 
そう。まずは集客。
客が一旦来てくれないことには、何も始まらない。
人寄せということが基本的で重要な作戦となる。
 
一度でも来れば、何かのきっかけになる。
一度も来たことがなければ、
魅力を訴えようにもできないのだ。
 
まずはいらっしゃい。
とにかく、一度来てください。
店というところは、客を待つしかないところである。
来るように誘いかけることが重要である。
 
涙ぐましい企業のアイディアも、
客が減れば経営を維持できない企業の宿命を映し出している。
 
そんなことを考えながら、
教会はどうなのだろう、と思うのだった。
 
いわゆる「敷居が高い」と言われる教会。
そんなままでよいのか。
もっと気軽に入れるようにできないものか。
そもそもどこの教会でも決まり切ったように、
「お気軽にお越しください」と案内を出しているのだが、
気軽に来ることができないのが教会というところなのである。
 
だがまた、信仰の場として、
聖別しなければならないことがある。
世の風潮に安易に同調せず、
それと切り離されたものとして
教会は神の国の支店として守らなければならないものがある。
それだけは、譲れないものが。
 
これらのバランスをどうとるのか、
そこに知恵が必要である。
祈りと共に、知恵を求めたい。
ソロモンでさえ、それを求めたではないか。