8月が訪れた。
6月あたりから、空襲記念日が並ぶが、
この8月が、どうもいけない。
原爆から戦争終結と、戦争が回想されることになっている。
 
もはや、それを知る年代が限られてきている。
だから、どう語り伝えていくか、それが
実のところ緊急に問われるはずである。
いや、問われている。
だが、時の流れに身を泳がすよりほかないかのようでもある。
 
時間が解決する。
日本人だけではないだろうが、
これが強い文化であるのは確かだ。
事の善悪は問われず、せいぜい報いという語り方で終わる。
水に流すかのように、痛みも罪悪も、時が過去に流して見えなくしてくれる。
 
それでいいのか。
それがよい場合もある。
それこそが、心を癒すというケースも、あるだろう。
 
だが、待っていても、解決は転がってこない。
お上には逆らうな、という民族的な知恵が
たとえどう耳元で囁いても、
一人一人が自分の責任で立ち上がることを、
真実の声を聴くことを、
忘れないでいたいと思う。